名古屋地方裁判所 昭和37年(ワ)89号 判決 1966年3月18日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は、「原告に対し、(一)被告服部稔は名古屋市港区入舟町三丁目二番宅地三五四坪のうち東側の半分一七七坪(別紙図面記載の土地)を、該地上に所在する別紙目録記載の各建物を収去して明け渡し、かつ、三八九万九四〇〇円及び昭和四一年一月一七日以降右明渡済まで一ケ月八万九三八五円の割合による金員を支払え。(二)被告服部稔、同服部元四郎は同図面(1)(2)(6)記載の建物から退去し、被告服部優は同図面(3)(6)記載建物から退去し、被告西山繁博は同図面(4)(6)記載の建物から退去し、被告穴沢兼三は同図面(5)(6)記載の建物から各退去して、いずれも各建物敷地部分を明け渡せ。(三)被告田渕やゑは金一二七万四四〇〇円を支払え。(四)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、
被告田渕及びその余の被告ら訴訟代理人は、いずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
(原告の主張)
原告訴訟代理人は請求原因として
一、名古屋市港区入舟町三丁目二番宅地三五四坪は、原告及び訴外長屋淑乃、同山田仁の共有にかゝるものである。
二、被告田渕やゑは、原告らに対抗し得べき何らの権限なくして、昭和三四年一月一六日以降、前記土地のうち別紙図面表示の土地一七七坪(以下、本件土地という)上に別紙目録記載の建物を所有していたが、昭和三七年一月二七日、後記調停により右建物の所有権は被告服部稔に移転し、爾来、同被告は本件土地上に何らの権限なくして右建物を所有するに至つた。また、被告服部元四郎、同服部優、同西山繁博、同穴沢兼三は、いずれも、原告に対抗し得る権限なくして前記目録記載の各建物占有部分に居住している。
三、よつて、原告は、本件土地所有権に基き被告服部稔に対して、前記各建物を収去して本件土地の明渡、被告服部優、同服部元四郎、同西山繁博、同穴沢兼三らに対して、いずれも各占有建物の退去敷地の明渡を求め、かつ、被告田渕やゑに対し、昭和三四年一月一六日以降昭和三七年一月二六日までの間の本件土地不法占有による賃料相当の損害金一二七万四四〇〇円、被告服部稔に対し、昭和三七年一月二七日以降昭和四一年一月一六日までの本件土地不法占有による賃料相当の損害金三八九万九四〇〇円及び同年一月一七日以降本件建物収去、土地明渡済まで一ケ月金八万九三八五円の割合による賃料相当の損害金(本件土地の適正賃料は、一ケ月一坪当り昭和三四年度一五〇円、昭和三五年一七〇円、昭和三六年度二八〇円、昭和三七年度四〇五円、昭和三八年度四五五円、昭和三九年度四八五円、昭和四〇年度五〇五円である)の支払を併せ求めるため、本訴に及ぶ。
と延べ、
被告ら訴訟代理人の主張に対し
一、被告の抗弁事実は否認する。
二、尤も、被告主張の如く昭和三三年一二月二八日愛知中村簡易裁判所において調停が成立した事実があるが、その後、被告田渕において本件建物を競落し、さらに、被告稔がこれを買戻したものであるから、原告と被告元四郎との間の右調停は、本件には無関係である。
三、次に、原告が被告稔から、その主張の如く月額金七二八〇円の支払を受けていた事実はあるが、右は次のような事情に基くのである。
(一) 本件土地は、被告主張の如く、もと原告らから被告元四郎に対し賃貸していたものであり、同被告は本件土地上に本件建物を所有していた。しかるに、同被告は、被告田渕の夫たる田渕宗範に対する債務を弁済しなかつたために、右建物につき同人から強制競売の申立をされ、昭和三三年一二月一三日被告田渕がこれを競落し、昭和三四年一月一六日その旨の所有権取得登記が経由された。
(二) そこで、被告田渕は被告元四郎及び当時の建物居住者たる被告稔に対し、家屋明渡の請求をなし、被告元四郎及び被告稔は、その対抗策を弁護士島田新平に依頼した。同弁護士は、右依頼に基き諸種方策を講じたが、万策尽き、本件土地の所有者たる原告を抱きこんで間接的に対抗策を講ずるほかはなしとし、被告元四郎、同稔らより原告の援助を求めた。そして、その頃同弁護士は原告に対し、「同弁護士において原告の代理人として被告田渕に対し本件建物収去、土地明渡請求の訴訟を提起し、これを手段として被告田渕を困惑させ、同被告と被告元四郎、同稔との間に示談解決をさせたうえ、向う一ケ年半の間には、本件土地及び本件建物を他に売却し、右売得金中からその二割相当額を被告元四郎に交付して欲しい。この案を原告が承諾してくれるならば、右一年半の間は、被告稔において、被告田渕の支払うべき賃料月額七二八〇円を代払するから援助してほしい」旨懇請した。原告も、ことを処理するための便法として、地上建物をも一括売却し、売得金中から建物代金を被告元四郎らに交付することによつて煩事が一挙に解決するならばとこれを承諾し、昭和三五年七月七日被告稔との間に左記の如き契約を締結した(甲第四号証)。
左記
(1) 本件建物明渡事件解決後は直ちに本件土地の売却手続をなし、売却した際には、原告は土地代金の二割を被告稔に交付する。
(2) 右事件の解決後一年半を経過しても本件土地が売却の運びにならないときは、売却促進のため、被告稔は地上建物全部を収去し本件土地を明け渡す。
(3) 本件土地の売却に至るまで、被告稔は原告に対し、月額一坪当り四〇円に二〇〇円を加算した額たる金七二八〇円を毎月末日限り支払うこと。
(三) かくして、同弁護士は、原告を代理して被告田渕を相手取り建物収去土地明渡請求の訴を提起し(当庁昭和三五年(ワ)第一四八五号事件)、原告は、前記期間被告稔から前示月額七二八〇円宛を受領していた。そして、同弁護士は、被告田渕と示談を進めたが一向に解決せず、被告田渕も原告に対しその間の事情を申し述べ、原告も漸く同弁護士の真意に不審を抱き、又、右契約に定めた期間も経過したこととて、本件土地の不法占有者たる被告ら全員を相手として、本訴を提起したものである。
と述べた。
(被告田渕を除くその余の被告ら五名の主張)
右被告ら訴訟代理人は、答弁及び抗弁として
一、原告主張事実は、被告らの占有が無権限であるとの点及び本件土地の適正賃料が原告主張のとおりである点を除き、すべて認める。
二、被告稔は、本件土地につき賃借権を有する。
(一) 被告稔の実父たる被告元四郎は、大正一四年頃原告先代から本件土地を建物所有の目的で賃借し、該地上に本件各建物を所有していたが、昭和三三年頃地上建物につき債権者たる訴外田渕宗範から競売の申立を受けたことより、愛知中村簡易裁判所において昭和三三年一一月二八日成立した調停により、更めて次の如き条件で本件土地を賃借した。
(1) 目的 建物所有
(2) 期間 定めなし
(3) 賃料 月額二一九六円(翌月六日までに支払う)
(4) 未払賃料 昭和三三年四月より同年一一月までの分一万七五七六円は同年一二月六日支払う
(5) 解除権 賃料の支払を六ケ月分以上遅滞したとき及び前項賃料を不払の時は、当然賃貸借は解除となり、被告元四郎は地上物件を収去して本件土地を明け渡す
(二) ところで、本件建物は、前記競売により原告の主張する如く昭和三四年一月一六日被告田渕の競落するところとなつた。しかして、被告稔は、被告田渕から右建物を取り戻すべく奔走中であつたため、地主たる原告に対し、被告田渕には本件土地を賃貸しないよう協力を求めていたが、原告もこれを諒とし、依然本件土地を被告元四郎に賃貸することとし、昭和三五年六月分まで被告元四郎より賃料を徴収していた。
(三) しかして、被告稔は、予ねてから被告元四郎の有する右賃借権を被告元四郎から譲渡を受けることにより一層競落人を牽制し得るものと考え、同年六月上旬頃、訴外田渕宗範、同山下清の両名とともに原告方に赴き、原告に対し、右賃借権の譲渡を承諾してくれるよう求めたところ、原告は、賃料を月額七二八〇円に増額することを条件としてこれを承認した。そこで、被告稔は、本件土地の賃借人として、同年七月以降今日まで引き続き原告に対し右賃料を支払い、昭和三六年一二月二三日地上建物を被告田渕から買戻し、同被告所有中の固定資産税一切も被告稔において納付し、名実ともに適法に本件土地を使用し来つた。
以上の如く、被告稔は本件土地につき賃借権を有すること明白であり、また、被告元四郎、同優はいずれも被告稔の家族であり、被告西山、同穴沢は借家人であつて、被告稔の有する賃借権に基き、適法に本件土地を占有しているものである。
三、仮に被告稔が右賃借権を有しないとしても、被告稔は、本件建物の競売後一切の事情を細大漏らさず原告に告げ、原告も地主たる立場において被告稔の右買戻に協力し、被告稔と被告田渕間の建物買戻調停成立時においても、一旦は本件土地を被告稔に賃貸する調停を成立せしめんとしたのである。このような事情に基くと、原告の本訴は権利の濫用として許されない。
と述べ、
原告の主張に対し
一、原告は前述の如く昭和三五年六月上旬頃本件賃借権の譲渡を承諾したにも拘らず、同年七月七日に至り、甲第四号証記載の如き条件を附加するよう被告稔に申し入れた。同被告は島田弁護士の意見を徴した結果、前記賃借権はかような無効の条件を付加してもその効力には影響なきことを知り、その真意には反したが右契約書に捺印した。しかしながら、以上の如く、甲第四号証は被告稔において原告から賃借権の設定を受けた後に、被告田渕に対する牽制訴訟の一便法として調印を求められ、これに捺印したにすぎず、右は格別原告のため有利な証拠とはなし難い。
二、被告稔が原告から賃借権の設定を受けた当時においては、本件建物は被告田渕の所有であつたことは、被告もこれを争わない。しかしながら、土地の賃貸借には必ずしも、賃借人がその地上建物の所有者であることを要せず、本件の如く、原告において建物競落人たる被告田渕に建物敷地を賃貸することを承諾せず、したがつて借地権なき建物を被告稔が取得する以前に、先ず土地所有者たる原告から借地権の設定を受け、しかる後競落人から右建物を買得しても、右賃借権は有効である。
と述べた。
(被告田渕の主張)
同被告は答弁として
一、同被告は、昭和三六年一二月二三日の名古屋地方裁判所の調停期日において、原告の説得により本件建物を代金二〇〇万円で被告稔に売り渡すことを承諾した。その際、原告は被告田渕に対し、もし右建物を被告稔に売り戻すならば一年半後に本件土地を他に売却して右代金中から五〇万円を同被告に交付することを言明していた。しかるに、その後、原告は態度をひよう変し、右調停を不調にしたうえ、本訴を提起したのは、著しく信義にもとる行為である。
二、なお、被告田渕は、被告稔との関係においては、右建物を既に同被告に売渡し、現に同被告がその所有者であるから、被告田渕に対する請求は理由がない。
と述べた。
第三、証拠(省略)
別紙
建物目録
名古屋市港区入舟町三丁目二番
家屋番号第六番
一、木造瓦葺二階建店舗
建坪 四四坪五合
外二階 四三坪
右別紙図面(1)の一
一、木造瓦葺二階建居宅
建坪 六坪五合
外二階 五坪五合
右別紙図面(1)の二
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置
建坪 一八坪五合(実測建坪二二坪)
右別紙図面(6)
同所同番
家屋番号第六番の二
一、木造瓦葺二階建店舗
建坪 一〇坪五合(実測建坪二〇坪)
外二階 一〇坪五合(外二階二〇坪)
右別紙図面(2)
同所同番
家屋番号第八番
一、木造瓦葺平家建居宅
建坪 三七坪二合(実測建坪四五坪)
一、木造瓦葺平家建便所
建坪 五坪
右別紙図面(3)(4)(5)
別紙
<省略>
(註)(1) 木造瓦葺二階建店舗但し斜線部分の下は通路
(2) 木造瓦葺二階建居宅 一階二〇坪 二階二〇坪
(3) 木造瓦葺平家建居宅 一九坪二合五勺
(4) 木造瓦葺平家建居宅 一三坪七合五勺
(5) 木造瓦葺平家建居宅 一三坪七合五勺
(6) 木造トタン葺床なし作業所 二二坪